
医療従事者や病院が患者特化型のケアや手術計画、治療を追求する中で、トレーニングの質の向上、手術前の準備の最適化、患者ひとりひとりに合わせた手術器具やガイド製作を叶える貴重なリソースとして、3Dプリントがますます活用されるようになってきています。シンガポールのTan Tock Seng Hospital(TTSH)では、3Dプリント用材料のレジンの万能性を活かしてリアルな人工関節の製作を行っています。

Formlabsの生体適合性レジン:最適な材料選択のための完全ガイド
Formlabsは現在、SLA光造形3Dプリント向けに40種類以上の独自材料をご用意しています。本技術資料では、Formlabsの生体適合性材料の比較検討、およびお客様の医療用途に最適な材料の選択に役立つ情報をご提供します。
医療用3Dプリントセンターで患者ケアを変革するTan Tock Seng Hospital
病院で頻繁に発生する緊急手術では迅速な対応が求められるため、解剖学的モデルやサージカルガイドの製作を外注に依存するというのは、特に大きな病院では非現実的です。このため、TTSHは社内に3Dプリントラボを設立し、タイムリーで正確なソリューションの提供を保証できるようになりました。
「以前は3Dプリント品や3Dモデルが必要になるとベンダーを探さなければなりませんでした。これは簡単なことではありません。臨床医はすでに日々の業務で多忙ですし、それが余計に物事を複雑にしていました」
TTSH Medical 3D Printing Centre臨床部長、整形外科医 Michael Yam氏
同センターは病院、診療科、患者のための臨床サービスとして機能しています。正式な開設は2022年11月ですが、実際には2020年から稼働しています。医療スキャンから患者の臓器モデルを3Dプリントで製作し、主治医が病状や必要な治療法をより明確に説明できるようにします。また、外科医もこのセンターを利用して手術に役立つ治具やカスタムツールを造形したり、複雑な手術を練習するためのモデルを作ったりしています。
「Formlabsの3Dプリンタは生体適合レジンとの相性が良く、外科手術に役立っています。手術の正確さと精度が向上しますし、患者の手術が予定されていてすぐにスキャンが必要な場合、社内設備があることで迅速に製作が可能です」
TTSH Medical 3D Printing Centre臨床部長、整形外科医 Michael Yam氏

医療専門チームへのお問合せ
患者様一人ひとりに合った手術器具や心臓補助装置のプロトタイプなど、医療用途での造形に関するご相談をいつでも受け付けております。Formlabs Medicalチームは専門のスペシャリスト集団として、お客様や企業のニーズを的確にサポートします。
課題
2022年、73歳のJ. F. Lian氏は、皮膚がんと闘う過程で外鼻の大部分を切除しなければなりませんでした。顔の真ん中に穴が空いた状態で生きる、という現実に折り合いをつけながら日々の生活を送っていたLian氏は、TTSHが元の鼻とほとんど変わらない人工鼻を3Dプリントで製作してくれた時、非常に驚いたと言います。実はこの人工鼻の3Dプリントは、同センターのパイロット・プロジェクトでした。

皮膚がんを克服したJ.F. Lian氏。3Dプリント製の人工鼻を装着し、手には自身の顔の3Dプリントモデルを持つ。
解決策
このプロジェクトは、同センターで Lian氏の人工鼻をデザイン・3Dプリントしてはどうか、と同僚がYam医師に提案したことから始まりました。「3Dプリントの有用性はこれまでも実感していましたし、私自身も常に限界を押し広げたいと考えています」とYam医師は言います。2022年11月、TTSHのMedical 3D Printing CentreはLian氏の顔のスキャンデータを取得し、それに基づいてレジン製の鼻のカスタムデザインと3Dプリントを行うことを提案しました。
最初のステップは、手術前に撮影されたLian氏の顔のCTスキャンから3Dプリントファイルを作成することでした。3Dプリントエンジニアが画像をクリーニングし、3Dプリンタが読み取り可能なファイルに「スライス」します。その後、FormlabsのForm 3B+ 3DプリンタにてSurgical Guideレジンを使用し、鼻の人工関節を造形しました。造形にかかった時間は約1時間です。次に、造形品をイソプロピルアルコールに浸して余分なレジンを除去し、二次硬化装置に入れて紫外線を照射し、硬化させます。最後にトリミングやサンディング、研磨処理を施し、塗装の下準備をします。
3Dプリントで医療の多くの問題を解決できることから、Yam医師は「3Dプリントをもっと身近なものにしたい」と言います。

Michael Yam医師のチームは、さまざまな材料で塗装を試した。

肌の色をよりリアルに表現するために、何度も試作を重ねた。

Lian氏に3Dプリント製の人工鼻を装着してもらい、形状やフィット感、機能の検証を行う。

成果
Lian氏のための人工鼻の製作は、顔のCTスキャンを取得し、そのデータを処理し3Dプリントしたところから始まりました。体重減少や顔の変化に合わせて最初に何度か調整を行ない、完璧にフィットする形状を見つけたら再度スキャンを行います。Yam医師がシンガポール技術教育研究所(ITE)の化粧品専門家であるGoh氏とHo氏と提携を結ぶまで、本物そっくりな色合いの演出は困難を極めました。この2人には舞台メイクの経験があったにもかかわらず、レジン製の人工鼻を患者の肌の色に合わせて塗装するにはかなりの試行錯誤が必要でした。2人は塗装で細かなディテールを表現し仕上げにコーティングを行いましたが、日光にさらされることやフィット感への懸念が残りました。最終的には、透明テープとメガネを戦略的に使用することで、快適に人工鼻を固定することができました。

TTSH 3Dプリントチームの責任者であるMichael Yam医師は、2019年に初めて3Dプリントを使って手術を支援した。

病院における3Dプリント活用法
このレポートでは、3Dプリントの臨床的および経済的な影響、ならびにヘルスケア業界全体における3Dプリントの活用拡大に伴う課題と機会について考えます。
手術の精度を高めるサージカルガイド
Yam医師は、サージカルガイドの製作など、このほかにも同病院におけるFormlabs 3Dプリントの活用例を教えてくれました。3Dプリント製のサージカルガイドを使って数多くの手術を行い、より良い結果や精度の実現、時間の節約につながっていると言います。
Yam医師は、サージカルガイドを使用した最近の症例についてこう教えてくれました。「60代の男性が交通事故に遭って病院に運ばれてきたんです。大腿骨が歪に変形してしまっており、骨移植が必要な状態でした。そこでまずCTスキャンで骨の状態を調べ、スキャンで取得したデータを使って欠損部にフィットするようカスタマイズした治具を設計しました。この治具はFormlabsのプリンタで3Dプリントした後、手術用に後処理と滅菌を行いました。3D Printing Centreが設計したサージカルガイドの助けを借りて、欠損部分に完璧にフィットするよう移植片を正確に切り取ることができました。おかげで工程が合理化され、骨のカッティングと手術時間の両方が短縮されました。麻酔時間も短縮でき、感染率も低下が見込める可能性があります」

TTSHが患者専用に3Dプリントしたサージカルガイドと3Dモデル。数多くの手術で驚くべき精度と効率性を実現している。

3Dプリント製の解剖学モデルを活用し、術前計画と患者との合意形成を強化
この技術資料では、外科医や技師が患者のスキャンデータをもとに3Dプリントで解剖学モデルを製作する実践的な方法を解説します。CT/MRIスキャンのセットアップ、データセットの分割、3Dプリント可能な形式へのファイル変換など、さまざまなステップにおけるベストプラクティスもご紹介しています。
3Dプリントプロジェクトの未来
TTSHは現在、インプラントの造形を扱うプロジェクトに取り組んでいます。この画期的な取り組みで使用を検討している材料について尋ねると、Yam医師はこう答えてくれました。「チタンやステンレススチールの伝統的な材料だけでなく、PEEKやシリコンレジンの使用も検討しています。シリコンを使用する可能性のある人工装具では特にそうですね」
同病院はまた、教育目的で拡張現実(AR)と3Dプリントを組み合わせるプロジェクトにも取り組んでいます。「すべてを3Dプリントするというのはどうしても無理がありますが、そういう時に拡張現実が役立つんです。トレーニングの質が向上し、関係者の自信が高まります」とYam医師は付け加えます。
インプラントや教育としてのツールに加え、TTSHはより多くの義肢やサージカルガイドの造形にも注力しています。これらの取り組みによって、患者一人ひとりのニーズに完全に一致する、高度にカスタマイズされた義肢や人工装具を製造できるようになることを目指しています。さらに、3Dプリント製のサージカルガイドは、複雑な手術で外科医を支援する正確なテンプレートとなり、より高い精度や手術結果を提供していくことでしょう。3Dプリントの分野で革新を続けることで、TTSHは患者特化型医療の限界を押し広げ、患者ケアの質の向上を目指しています。
3Dプリントの社内導入に関する詳細については、Formlabsの医療エキスパートまでお問い合わせください。また、Formlabs BioMedレジンの無償サンプルパーツをお申し込みいただき、その品質をご自身の目でお確かめください。